のう、ドレゲネの悪口って、訳されるたびに盛られとるんじゃないか? ペルシア語から英語、トルコ語、日本語と回すうちに、伝言ゲームみたいに。
その疑いは、確かめられる形にできるんです。同じ一文を段階ごとの訳で並べて、語を1つずつ見比べる。ただ、私が実際に読めたのは途中までなので、読めた範囲と読めなかった範囲は分けて書きます。
13世紀のモンゴル帝国で、皇帝オゴタイが没したあと、皇后ドレゲネが5年にわたって帝国を運営した。この摂政期を、デリーで書いたジュズジャーニーは「理性が欠け、情欲が高ぶる、といった女の振る舞いが現れた」という趣旨で評している。この評はハブ記事(『天幕のジャードゥーガル』を「モンゴル版・大奥」だと思って見ると、史実の方が無茶苦茶だった)で日本語にして引いた。
このとき使った日本語は、ペルシア語から直接ではない。トルコ語の論文が引いたトルコ語訳を、さらに日本語にした重訳だった。二段階入っている以上、どこかで濃くなっていてもおかしくない。今回は、その重訳を原文の側から検算する。
まず、「濃くなった」の測り方を決める
測る対象は2本。ジュズジャーニー『ナースィル史話』のドレゲネ評の一文(1260年、デリー)と、ジュヴァイニー『世界征服者の歴史』のドレゲネの章(13世紀、イルハン朝に仕えた官僚)だ。前者は前回までに何度も引いた「厳しい側」で、後者は同じ人物を別の角度から書いた年代記にあたる。
この記事は「盛れていた」を証明するために書き始めたが、先に結果を書くと、盛れていた箇所はほとんど見つからなかった。外れた仮説の出し方も含めて記録する。
ひとつ聞いてええか。「濃い」と「薄い」を決めるのが編集部の語感なら、結局は好みの問題にならんか。
そこは避けられないので、反証条件を先に置きます。原文が中立なのに、訳が否定を足した例が複数見つかったら、本稿の結論は引っ込めます。 語感の差が割れそうな箇所は「保留」に倒して、数に入れません。
同じ一文を、4段階で並べる
読んだ材料はこうだ。ペルシア語は、Internet Archive にあるスキャンの文字認識結果を使った(認識の誤りが混じるため、英訳とトルコ語訳の両方と突き合わせて一致した語だけを採った)。英語は1881年のレイヴァティ訳、トルコ語は2016年のウヤル訳で、後者はソユトの論文(2021年)が引いた範囲を読んだ。
出典:ジュズジャーニー『ナースィル史話』(ペルシア語版のスキャン/レイヴァティ訳 p.1144)、ソユト(2021)に基づき編集部作成。
英語・トルコ語とも、原文の句の並びに沿って訳している。そのうえで、語ごとに並べるとこうなる。
| 語 | ペルシア語 | 英語(1881) | トルコ語(2016) | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| 4年 | چهار سال | four years | dört yıl | 同じ |
| 女たちの振る舞い | حرکات عورات | woman’s ways | kadın davranışları | 同じ |
| 理性の欠如 | نقصان عقل | deficiency of intellect | akıl noksanlığı | 同じ |
| 欲の沸き立ち | غلیان شهوت | excess of sensuality | şehvet galeyanları | 薄い(英語のみ) |
| 厳格な統治者を求めた | (文字認識が崩れ、語を確定できず) | a firm ruler | katı bir hükümdâr | 保留 |
出典:ペルシア語版スキャン、レイヴァティ訳 p.1144、ソユト(2021)に基づき編集部作成。
「欲の沸き立ち」だけは英語で弱まっているが、その他は語がそのまま対応している。この一文では、否定の強さを足した語は1つも見つからなかった。
ハブ記事の日本語も、同じ語を薄めていた
ここで自分たちの側を点検しておく。ハブ記事は、トルコ語の galeyan を日本語にするときに「情欲の優勢」と書いた。沸き立つ勢いを、勢力の大小に置き換えている。上の表の「薄い」は、英語だけの癖ではなく、こちらの日本語にも同じ向きで入っていた。
盛るどころか、むしろ弱めとるわけか。それなら「悪女は翻訳で作られた」は成り立たんのう。
この一文に限れば、そうです。ただ、一つ付け加えたいことがあります。「理性が欠ける」にあたる نقصان عقل は、この文章のために作られた悪口ではなく、女性について言う決まり文句の系列にある語なんです。イスラーム圏では、ハディース(言行録)の伝承に由来する「女性の理性の欠如」の議論が現にあって、現代のハディース研究誌でもその解釈が論じられています。
……ほう。ほなジュズジャーニーは、ドレゲネを見て思いついたんやなくて、持っとった言い回しに当てはめたかもしれんのか。
可能性として、です。彼が定型として使ったのか、個人の評として書いたのかは、一文からは決められません。ただ、訳す側が決まり文句を個人の評価として訳してしまうのは、語が1つも変わらなくても起こりうる濃くなり方です。表1の判定には出ない種類のずれです。
もう一本の年代記でも、同じ表を作る
ジュズジャーニーだけでは偏る。もう一本、ジュヴァイニーの『世界征服者の歴史』のドレゲネの章を、ペルシア語のスキャンと1958年のボイル英訳で読み比べた。ジュヴァイニーはイルハン朝に仕えた官僚で、ジュズジャーニーとは立場が違う。ボイル訳は著作権の残る翻訳なので、引くのは短い語句に限る。
| 判定 | ペルシア語 | 英語(ボイル訳) | 場面 |
|---|---|---|---|
| ◎ | نیک داهیه و کافیه بود | “a very shrewd and capable woman” | |
| ◎ | ذکا و دها | “shrewder and more sagacious” | ムゲ・ハトゥンと比べて |
| ◎ | کین قدیم | “an ancient grudge” | コルグズの収監 |
| ◎ | عورتی فاطمهنام | “a woman called Fatima” | |
| △ | لطایف حیل و کیاست | “finesse and cunning” | ムゲの没後に実権を握る場面 |
出典:ジュヴァイニー『世界征服者の歴史』ペルシア語版のスキャン、ボイル英訳(1958)第1巻第34章に基づき編集部作成。
ここでも、5語のうち4語は同じで、「濃い可能性」は1語(finesse and cunning)だった。また عورت は、ジュズジャーニーの文では複数形で「女たちの振る舞い」の一部になっていたが、ジュヴァイニーでは単数で「ファーティマという女」と書かれている。英訳はどちらも中立に訳していて、この語自体は侮辱を運んでいない。侮辱になっているのは、ジュズジャーニーの文の述語の側(理性の欠如、欲の沸き立ち)だ。
数えると、盛れていたのは1語だった
出典:表1・表2に基づき編集部作成。
結果を言い切ると、「翻訳を重ねて悪女に仕立てた」という仮説は、読んだ範囲では支持されなかった。 濃くなったかもしれない語が1つ、薄くなった語が1つで、差し引きはほぼゼロに近い。
ただし、これは9語を2本の年代記から拾った結果であって、「翻訳は盛らない」という一般則ではない。日本語の既訳を経由する経路は、そもそも今回は読めていない(後述)。
では、濃さはどこで入っているのか
翻訳で盛れていないなら、濃さは別のところから来ている。2本の年代記を並べると、目に付く違いがある。
ジュヴァイニー(ボイル訳) オゴタイの存命中から、彼女の胸には宮廷の何人かへの憎しみが積もり、その傷は深くなっていた。政務を任され、権力が固まり、誰も争わなくなったところで、彼女はすぐに動くと決め、その相手一人ひとりに仕返しをして痛みを和らげようとした。
ジュズジャーニー(レイヴァティ訳) 彼女は4年のあいだ領地を取り仕切った。この間、理性の欠如と情欲の過剰に由来するような女の振る舞いが彼女から現れた。
どちらも好意的ではない。しかし書いている中身が違う。ジュヴァイニーは何をしたか、なぜしたか(仕返し・恨み)を書いている。ジュズジャーニーはどういう性質の持ち主か(女であること)を書いている。そして、「悪女」という言葉でひとまとめにされるとき、前者の行為と後者の属性は区別なく混ざる。
ほなわしらがハブ記事で、ジュズジャーニーの方を引いたんは、どういう理由じゃった?
評価の言葉が入っていて、引きやすかったからです。ソユトの論文も、この一文を「ağır bir eleştiri(重い批判)」と紹介して引いています。濃い文が先に拾われて、薄い方は残らない。翻訳ではなく選抜の段階で濃さが決まる、という形です。私たちも同じ手順を踏んでいました。
日本語のウィキペディアには、ドレゲネのグユク擁立を「強行」と書く箇所があります。ジュヴァイニーのボイル訳で「力ずくで」とあるのは、その場面ではオテギンの側です。出所が同じとは限りません。ただ、どの史料の語なのかは、私は確かめていません。
読めていないこと
「訳されるたびに盛られた」とは言えんかった。盛られとったのは、どの文を引くかを選ぶ手の方じゃ。……わしにも覚えがあるぞ。人に話すとき、いちばん辛口だった一言だけを覚えておって、そこから話し始めた。
編集部の判断と自戒
この記事は、翻訳で盛れたことを示すつもりで書き始めました。結果は逆で、ハブ記事の日本語がむしろ弱めていた語まで見つかりました。仮説が外れたものを記事にするか迷いましたが、外れた結果のほうが、ハブ記事が頼った重訳の信用度を測る材料になると判断しました。
もう一つ。濃い文が先に拾われる、という指摘は、検索に強い題材を選び、印象の強い一文を見出しに立てる私たち自身にも当てはまります。この記事も、冒頭にいちばん厳しい一文を置きました。
ソース
表記について
- 【13世紀】 ジュズジャーニー『ナースィル史話』ペルシア語版 — Internet Archive 掲載のスキャン。デリーで658年(西暦1260年)に書かれたと扉にある
- 【19世紀の訳】 H. G. Raverty 訳 The Tabakat-i-Nasiri(1881)vol. 2 — Internet Archive 掲載。ドレゲネの記述は p.1144
- 【13世紀】 ジュヴァイニー『世界征服者の歴史』ペルシア語版 — Internet Archive 掲載のスキャン
- 【20世紀の訳】 J. A. Boyle 訳 The History of the World-Conqueror(Manchester University Press, 1958)第1巻第34章。著作権が残るため、本記事では短い語句の引用にとどめ、全文へのリンクは掲げない
- 【研究】 Yaşar Söyüt「Moğol İmparatorluğu’nun Kadın Naibesi: Töregene Hatun」Journal of Universal History Studies 4(2), 2021, pp. 212-228 — ジュズジャーニーのトルコ語訳(Cûzcânî 2016, 訳 Mustafa Uyar)の引用箇所
- 【研究】 Javad Irvani「تحلیل انتقادی «نقصان عقول زنان» مبتنی بر کاربردهای واژۀ عقل در روایات」آموزههای حدیثی 6(11), 2022, pp. 81-102 — 「女性の理性の欠如」がハディースの伝承に由来する議論として論じられていることの確認に使った
- 【解説】 ウィキペディア日本語版「ドレゲネ」 — 「強行」などの語と、挙げられている典拠(佐口透訳注ほか)の確認に使った。二次的な百科事典であり、事実の根拠としては使っていない
- 【解説】 ウィキペディア英語版「Minhaj al-Siraj Juzjani」 — 著者の経歴と『ナースィル史話』の成立年(1260年)の確認に使った
シリーズ「記録の空白」の補遺です。
参考文献・検証ログ
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参考資料
- 参考Internet Archive 掲載のスキャンarchive.org
- 参考Internet Archive 掲載archive.org
- 参考Internet Archive 掲載のスキャンarchive.org
- 参考Moğol İmparatorluğu'nun Kadın Naibesi: Töregene Hatundergipark.org.tr
- 参考تحلیل انتقادی «نقصان عقول زنان» مبتنی بر کاربردهای واژۀ عقل در روایاتhd.razavi.ac.ir
- 参考ウィキペディア日本語版「ドレゲネ」ja.wikipedia.org
- 参考ウィキペディア英語版「Minhaj al-Siraj Juzjani」en.wikipedia.org