壁ドンというと、壁際に追い詰められて男の人に手をつかれる、あの胸キュンの場面のことじゃろう。それが、もとは隣の部屋がうるさい時に壁を叩くことだったと聞いたのじゃが、本当かのう。
本当です。ただ、面白いのは「入れ替わった」ことより、いつ・誰の間で入れ替わったのかのほうなんです。日付のある報道を並べてみますね。
壁ドンの2つの意味は、2012年10月の時点で同じ週の記事に並んでいた。確認できた報道で「もとの意味」という書き方が出てくるのは、その2年後の2014年からだ。
2012年10月、2つの壁ドンが同じ週に並んでいた
J-CASTニュースは2012年10月18日、ツイッターで「壁ドン」が流行していると報じた。記事によると、きっかけは10月13日に投稿された、壁ドンを4種類に分類した画像で、2万回以上リツイートされた。分類は「スタンダード」「ちょっとワイルド」「やさしく包み込むよ系」などだった。2日後の20日には、同じJ-CASTが「本当の『壁ドン』は?」という記事を出している。
| 用法 | 使っていた場所 | 意味 |
|---|---|---|
| 抗議の壁ドン | 2ちゃんねる系。「壁殴り」とも書く | うるさい隣人に、壁を殴って抗議の意思を伝える |
| 恋愛の壁ドン | 主に女性のツイッターユーザー。少女漫画・乙女ゲーム由来 | 壁際の相手に「ドン」と手をついて迫る |
出典:J-CASTニュース(2012年10月18日・20日)をもとに編集部作成。
つまりこの時点の壁ドンは、入れ替わる前の言葉ではなく、同じ綴りを別の集団が別の意味で使っていた言葉だった。J-CASTは恋愛の用法の起源を、2008年に声優の新谷良子さんが「萌えるシチュエーション」として「壁にドン」と紹介したこととしているが、「とされる」という書き方で、本人の発言そのものは今回の調べでは確認できていない。
それなら、どちらが先かを争うより、2つの村が同じ名前の祭りをやっておった、という話に近いのう。じゃが、そのうち片方の祭りだけが町中に知られるようになったわけか。
そうなんです。その「町中に知られた」のが2014年です。ここは日付が細かく残っているので、次に年表にしますね。
2014年、広まった日は日付で数えられる
一般に広まった時期は、2012年よりずっと細かく記録が残っている。
出典:J-CASTニュース、イミダス、INTERNET Watch、ユーキャン、ウレぴあ総研をもとに編集部作成。
2012年は二つの意味が並んでおって、2014年にはテレビのCMまで出たんじゃのう。じゃが、CMを見た人は、隣の部屋を叩く壁ドンを知っておったのかのう。
そこが記録に残っていないところです。CMを見た人のうち何割が抗議の用法を知っていたかは、今回見た資料のどこにも数字がありません。ただ、2014年10月の記事を見ると、知っていた人たちの反応は読み取れます。
「本来の意味」という書き方が確認できたのは、2014年10月だった
2014年10月16日、INTERNET Watchは「壁ドンの本来の意味」をめぐってネットユーザーが反発していると報じた。発端は、ある雑誌系の記事の見出しだったという。記事はこう書いている。
隣室が騒がしい時に壁を叩いて注意する「壁ドン」が、いつしか女性が男性に壁際に追い詰められる行為を指す言葉として使われるようになったのは、ネットユーザーの間では周知の事実。
この文は、抗議の用法を「いつしか」押しのけられた側として書いている。2012年のJ-CASTは両方を並べて「本来」を決めなかったが、2014年のこの記事は、どちらが先かを書く側が決めて、先だった方を「トリビア」扱いにしている。同じ記事は「いま使われている意味とは別の意味として世に出た言葉だったということは、トリビアとして知っておいてもよさそうだ」と結ぶ。
意味が入れ替わったかどうかは、辞書より先に、「本来は」という書き出しが出るかどうかに表れる。2015年5月のウレぴあ総研の記事は、恋愛用語としてではないネット用語としての壁ドンは本来、大きな音を立てて壁を叩くことを指していた、と書き出している。「隣室のカップルが深夜までうるさいから壁ドンしてやったぜ」という使い方も例に挙げ、ネットユーザーから「壁ドンってそんな意味じゃないでしょ」と戸惑いの声が上がっていた、と添える。
「本来」と書くということは、書く人にとっては、今の意味のほうが「普通」になっておるということじゃのう。ところで、その速さは測れたのかのう。
正直に言うと、測れていません。次の章で、分かったことと分からなかったことを分けます。
速さは測れたのか ── 分かったこと、分からなかったこと
つまりこの記事が言えるのは、「2012年の10月から2014年の10月までの2年間で、報じる側の書き方が『併存』から『本来の意味』へ変わった」ところまでだ。変化の速さを、使用頻度の数字で測ったわけではない。「恋愛の用法が2008年から約6年で一般化した」とも言い切れない。2008年が起点かどうかが確認できていないからだ。
言葉の側から見ると、抗議の壁ドンは消えたわけでもない。2012年のJ-CASTは、「壁殴り代行」が2ちゃんねるの定番のコピペネタだと紹介している。消えたのは言葉ではなく、「壁ドン」と書いたときに最初に思い浮かぶ意味の座のほうに見える。
思い浮かぶ座、のう。それなら、座を取った側が「こっちが普通」と書き始めた時点で、勝負はついておるのかもしれんのう。
勝ち負けにしてしまうと、少し言いすぎになります。ただ、報道の書き方が変わった日付は、こうして残っているんですよね。
この記事も、同じ引力の中にいる
言葉の流行を取り上げる記事は、流行語の熱を借りて読まれる。壁ドンも、2014年の流行語トップ10に入った言葉だ。この記事も、その名前の検索に引かれて書かれている部分があり、the NTM は検索から来る読者に支えられている。
「本来の意味」と書く側に回るときの危うさも、ここでは自分たちに向けておく。
起点の年は、確認できた報道の日付までしか書かない。
「入れ替わった」と書くときは、併存していた時期の記録を先に出す。
炎上や言い換えの速さを測ろうとした別の回は炎上の寿命は何日か、〇〇警察の広がりの追い方は「自粛警察」の“警察”の回にある。
「本来は」と聞いたら、誰の間での本来かを聞き返すことじゃな。……わしの村でも、祭りの名前が隣の村と同じで、どっちが本家かでよう揉めたからのう。
主な参照資料:
- J-CASTニュース「ツイッターで謎の『ブーム』 『壁ドン』とは何なのか」 — 2012年10月18日。ツイッターのブームと起源の説明
- J-CASTニュース「本当の『壁ドン』は? 『隣人にドン』『ラブラブにドン』」 — 2012年10月20日。2つの用法の併存
- やじうまWatch(INTERNET Watch)「勘違いはどっち?『壁ドンの本来の意味』でネットユーザーが大激怒中」 — 2014年10月16日
- イミダス「壁ドン」 — 2014年8月。CM「壁ドン篇」と女子中高生調査
- ユーキャン「2014ユーキャン新語・流行語大賞 トップ10発表!」 — 2014年12月1日
- ライブドアニュース/ウレぴあ総研「時代によって変わったネット用語の本来の意味 壁ドンやゆとりなど」 — 2015年5月25日
参考文献・検証ログ
- J-CASTニュース「ツイッターで謎の『ブーム』 『壁ドン』とは何なのか」(2012年10月18日)
- J-CASTニュース「本当の『壁ドン』は? 『隣人にドン』『ラブラブにドン』」(2012年10月20日)
- やじうまWatch(INTERNET Watch)「勘違いはどっち?『壁ドンの本来の意味』でネットユーザーが大激怒中」(2014年10月16日)
- イミダス「壁ドン」(時事用語事典・2014年8月)
- ユーキャン「2014ユーキャン新語・流行語大賞 トップ10発表!」(2014年12月1日)
- ライブドアニュース/ウレぴあ総研「時代によって変わったネット用語の本来の意味 壁ドンやゆとりなど」(2015年5月25日)
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参考資料
- 参考J-CASTニュース「ツイッターで謎の『ブーム』 『壁ドン』とは何なのか」(2012年10月18日)j-cast.com
- 参考J-CASTニュース「本当の『壁ドン』は? 『隣人にドン』『ラブラブにドン』」(2012年10月20日)j-cast.com
- 参考やじうまWatch(INTERNET Watch)「勘違いはどっち?『壁ドンの本来の意味』でネットユーザーが大激怒中」(2014年10月16日)internet.watch.impress.co.jp
- 参考イミダス「壁ドン」(時事用語事典・2014年8月)imidas.jp
- 参考ユーキャン「2014ユーキャン新語・流行語大賞 トップ10発表!」(2014年12月1日)u-can.co.jp
- 参考ライブドアニュース/ウレぴあ総研「時代によって変わったネット用語の本来の意味 壁ドンやゆとりなど」(2015年5月25日)news.livedoor.com