自粛警察、マスク警察と、近ごろは何にでも「警察」が付くのう。本物の警察ではないのに、なぜ警察なんじゃ? あれはコロナの時に急に出てきた言葉なのかのう。
「自粛警察」という語そのものは、2020年に広まったものです。ただ、調べてみると「〇〇警察」という言い方のほうが、先に何年も使われていました。順番に見ていきましょう。
先にあったのは「〇〇警察」という型で、「自粛」はそこに後から入った言葉だった。
三省堂の辞書編集者が選ぶ「今年の新語2020」で、2位に入ったのは「自粛警察」そのものではなく「○○警察」だった(2020年11月30日発表)。『三省堂国語辞典』は、造語の「―警察」を「特定のことを細かく点検して、何かというと批判する人」と書き、「二〇一〇年代に広まった用法」と添えている。
年表で見ると、2020年は「一般に知られた年」だった
用法の変遷を、確認できた範囲で一本の線にした。
出典:三省堂「今年の新語2020」選評、ねとらぼ(2018)、松原(2021)をもとに編集部作成。
2013年の「東方警察」は、実際には誰もやっておらんのに、そういう人がおるぞという冗談から始まったのかもしれんのか。先に名前があって、あとから中身が育ったような話じゃのう。
そこは断定できません。ねとらぼの記事も「ではないかと言われている」という書き方で、起点は確定していないんです。ただ、2016年の時点で辞書側が「まだ一般的でない」と感じていた、という証言はあります。2010年代の前半から後半にかけて、少しずつ増えた言葉だと見るのが、今の資料から言える範囲だと思います。
2018年の「〇〇警察」は、創作への細かい指摘のことだった
2018年1月のねとらぼは、「○○警察」を、創作物の表現について経験者や歴史に詳しい人が細かく指摘することを、取り締まりに例えた言葉と説明している。例は「艦これ」アニメの弓道描写を指摘した「弓道警察」と、ファンタジーにじゃがいもが出るのはおかしいと言う「じゃがいも警察」。対象はまだ、物語の中の小さな間違いだった。
| 語 | 指摘される対象 | 背景にある“正しさ” |
|---|---|---|
| 弓道警察・じゃがいも警察 | アニメや物語の描写 | 経験や史実との食い違い |
| 日本語警察・ことば警察 | 他人の言い誤り、「誤用」とされる語 | 標準とされる言い方 |
| 不謹慎警察 | 災害や事件のさなかの振る舞い | 世間の感覚(公的な裏付けはない) |
| 自粛警察 | 自粛要請に応じない人や店 | 行政の自粛要請(ただし判断は個人に任された) |
出典:ねとらぼ(2018)、三省堂「今年の新語2020」選評、松原(2021)をもとに編集部作成。
並べると、指摘の対象が作品から言葉、災害時の振る舞い、そして生活全般へと広がっていることがわかる。三省堂の選評は、このほかに「マナー警察」「道徳警察」「着物警察」といった例を挙げ、これらはここ10年ほどで使用例が増えたものの、最近までマイナーな印象だったと書く。それが「自粛警察」「マスク警察」で、辞書に載ってもおかしくないほど知られるようになった、という流れだ。
「不謹慎厨」から「警察」へ、言い換えの理由
2020年の春、似た意味の言葉はほかにもあった。松原悠は、東日本大震災のころに多く使われたのは「不謹慎厨」(「厨」は中毒者を意味するネットスラング)で、「〇〇警察」が増えたのはその後だと整理している。そして新型コロナの初期に「不謹慎厨」の検索が小さく伸びたあと、「自粛警察」の検索が急増したことをグラフで示した。
不謹慎警察:ここ数年(「〇〇警察」の広がりと並行)。行政は関与しない
自粛警察:2020年4月ごろ。行政の自粛要請が間接的に関与する
松原が挙げる理由は二つある。ひとつは、行政が自粛を「すべきもの」として公に言い出したことで、論点が「不謹慎かどうか」から「自粛したかどうか」に移ったこと。もうひとつは、自粛を求める行為が、変わった中毒者の行為というより、公のルールの逸脱を取り締まる「警察」的な行為に見えるようになったことだ。「厨」ではなく「警察」が選ばれたのは、求められている行為が“個人の癖”から“ルールの取り締まり”に見えたから、と読める。これは一人の研究者の解釈で、確定した事実ではない。
じゃが、自粛は「要請」で、禁止ではなかったはずじゃのう。禁止でもないのに取り締まる、というのは、警察の格好をした素人の話に聞こえるが…。
その矛盾を、松原さんは「判断を個人に任せる公式の要請のもとで、実質的な強制を民間が担った」と捉えています。名付けが先にあったから、人々はそれを一言で指せた、ということでもあるんです。
ツイートが増えたのは、行政が動いた日だった
松原の集計では、「自粛警察」を含むツイートは2020年2月25日以前は存在しない日が多く、2月26日以降は連日出るようになった。ちょうど同じ時期に、政府の大規模イベント自粛要請(2月26日)と一斉臨時休業の要請(2月27日)が出ている。
出典:松原(2021)の表1〜3の記述をもとに編集部作成。
一方で、大阪府と兵庫県の往来自粛の呼びかけ(3月19日)のような出来事は、件数の増加につながらなかったと松原は書いている。広がりは、公権力が動いたことと結びついていて、ネットの内側だけで増えたわけではないという読みだ。この後、4月下旬には県外ナンバーの車への嫌がらせなども報じられ、語は一気に全国に広がった。
広まったあとは、本物の警察が街に戻り、言葉は引っ込んだ
4月6日には東京都が巡回での外出自粛の呼びかけを発表し、9日には神奈川県警、10日には警視庁が繁華街で呼びかけに動いた。松原は、この時期以降に警察自体の活動があまり報じられなくなる一方で、市民による「自粛警察」的な行為が増えたことに注目し、本物の警察が市民の「警察」に置き換わっていくように見える、と書いている。2021年1月には、時事ドットコムが「『自粛警察』なぜ消えた?」という記事を出し、4月の3回目の緊急事態宣言の翌日には、本物の警察を含む行政職員が見回りをしたという。
調査:株式会社 Wizleap(2020年)。数値は松原(2021)の引用で、設問文と回答者数は原資料で確認していない。
読み方:言葉が広まったとき、同時に多くの人が批判的な目を向けていたことを示す。
批判する人が多かったのに、そういう振る舞いをする人は減らんかったのう。言葉が広がったから、かえって止まったのかのう。
松原さんは、問題を一言で指せるようになったことで、「空気」を作る行為を後から指さして止める道具になった、という見方をしています。ただ、これは因果の証明ではなく解釈です。行為が落ち着いた理由は、ほかにも考えられると思います。
名付けた側も、叱る側に回りうる
ここで、この記事自身の立ち位置も確認しておきたい。「〇〇警察」と名付ける行為は、相手を一言で括って遠ざける働きを持つ。三省堂の選評は、この言い回しで不寛容な風潮が風刺され議論の対象になることは健全ではないか、と書く。他方、ねとらぼの2018年の記事は、細かい指摘が「めんどくさいのが絡んできた」と受け取られがちだと書いていた。呼ぶ側も、呼ばれる側と同じ「細かく点検して批判する」位置にいることがある。
the NTM も、「自粛警察」のようによく検索される言葉を題に入れることで読まれる側に立っている。言葉の熱を借りているのは、うちも同じだ。
炎上に疲れる側の話はSNSの炎上と匿名掲示板のレスバに疲れた君へにある。
「警察」と聞いたら、まず誰が決めたルールの話かを見ることじゃな。……わしも、村の祭りで笛の吹き方を事細かに直して回ったことがあるが、あれは言い方が悪うて嫌がられたのう。
主な参照資料:
- 松原悠(2021)「新型コロナウイルス感染症の流行に伴う『自粛警察』についての一考察」『災害と共生』5(1), 13-27 — ツイート集計、不謹慎厨・不謹慎警察との比較、戦前との対比
- 三省堂「今年の新語2020」の選評 3. コロナで全国区「○○警察」 — 語釈、「ここ10年ほどで使用例が増えた」、田中克彦の用例、2016年の証言
- 三省堂「今年の新語2020」ベスト10 — 2位「○○警察」と『三省堂国語辞典』の語釈
- ねとらぼ「ねっと用語知ったかぶり ネットにはびこる指摘したがり『○○警察』とは」 — 2018年1月8日。弓道警察・じゃがいも警察・東方警察説
- ねとらぼ調査隊「2020年の新語・流行語大賞、大賞に選ばれるのはどれだと思う?」 — 2020年11月6日。「自粛警察」の説明
- nippon.com「新語・流行語大賞2020 ノミネート30語」 — 候補30語に「自粛警察」(2020年11月5日)
- nippon.com「今年は忘年会ができなくて『ぴえん』 三省堂の辞書編集者が選ぶ2020年の新語」 — 2020年11月30日の選考結果
参考文献・検証ログ
- 松原悠(2021)「新型コロナウイルス感染症の流行に伴う『自粛警察』についての一考察」『災害と共生』5(1), 13-27
- 三省堂「今年の新語2020」の選評 3. コロナで全国区「○○警察」
- 三省堂「今年の新語2020」ベスト10
- ねとらぼ「ねっと用語知ったかぶり ネットにはびこる指摘したがり『○○警察』とは」(2018年1月8日)
- ねとらぼ調査隊「2020年の新語・流行語大賞、大賞に選ばれるのはどれだと思う?」(2020年11月6日)
- nippon.com「新語・流行語大賞2020 ノミネート30語」
- nippon.com「今年は忘年会ができなくて『ぴえん』 三省堂の辞書編集者が選ぶ2020年の新語」
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参考資料
- 参考松原悠(2021)「新型コロナウイルス感染症の流行に伴う『自粛警察』についての一考察」『災害と共生』5(1), 13-27doi.org
- 参考三省堂「今年の新語2020」の選評 3. コロナで全国区「○○警察」dictionary.sanseido-publ.co.jp
- 参考三省堂「今年の新語2020」ベスト10dictionary.sanseido-publ.co.jp
- 参考ねとらぼ「ねっと用語知ったかぶり ネットにはびこる指摘したがり『○○警察』とは」(2018年1月8日)nlab.itmedia.co.jp
- 参考ねとらぼ調査隊「2020年の新語・流行語大賞、大賞に選ばれるのはどれだと思う?」(2020年11月6日)nlab.itmedia.co.jp
- 一次nippon.com「新語・流行語大賞2020 ノミネート30語」nippon.com
- 一次nippon.com「今年は忘年会ができなくて『ぴえん』 三省堂の辞書編集者が選ぶ2020年の新語」nippon.com