のう、旅先でマンホールの蓋撮るの好きなんじゃけど、県またぐたびに絵が全然違うんじゃよな。フグの街もあれば恐竜の街もある。あれって国が「ここはフグにしろ」とか決めとるんか?
逆なんです。マンホールの蓋は、耐荷重とか浮上防止みたいな「性能」にはJISや下水道協会規格が共通の基準を定めているんですけど、絵柄はその規格が最初から手をつけていない領域なんですよ。だから自治体は、性能さえ満たせば何を描いてもいい。2016年時点で全国に1,700自治体、約1万2000種類のデザインがあるのは、規格が緩いからじゃなくて、規格が意図的に触れていない場所があるからなんです。
全国約1万2000種類。しかもJIS規格を使う自治体は2016年時点で1割ほど
日本全国のマンホール蓋のデザインは、2016年時点で1,700自治体・合計約1万2000種類あるとみられている。下水道広報プラットホーム(GKP)が取りまとめる「マンホールカード」は、2026年7月31日配布の第29弾(46種)で通算1,311種(783自治体・4団体)に達し、累計発行枚数は2,400万枚に達する見込みだ。
性能基準は共通、絵柄は自治体の裁量。規格が引いた境界線
JISや下水道協会規格はマンホール蓋の強度・耐荷重・浮上防止などの性能基準を定めている。一方、絵柄は規格の対象外で、採用する仕様は自治体の判断に委ねられる。
規格が定めるのは「性能」
絵柄は規格の対象外
発祥は1977年の沖縄
1980年代に建設省が後押し
待って、規格が性能基準を決めとるのに絵は自由って、それただの「決め忘れ」なんとちゃうんか? たまたま規格作った人が絵柄のこと考えてなかっただけとか。
決め忘れというより、規格が対象にしている問題そのものが「絵柄」じゃないんです。次で規格の中身を具体的に見てみましょう。何を統一していて、何に触れていないかがはっきりします。
規格が定めるのは「事故を防ぐ性能」の基準
マンホール蓋の国家規格であるJIS A 5506は1958年(昭和33年)に制定され、2018年12月20日に23年ぶりに抜本改正された。これとは別に、公益社団法人日本下水道協会が定める下水道協会規格JSWAS G-4があり、こちらは平成9年(1997年)に制定され、平成17年(2005年)・平成21年(2009年)・令和5年(2023年)と段階的に改正が重ねられてきた。2018年のJIS改正により、蓋に求められる基本性能はJSWAS G-4とほぼ同等の内容になっている。
| 規格が規定していること | 内容 |
|---|---|
| 荷重強さ | 荷重たわみ試験・耐荷重試験の基準値を満たす必要がある |
| がたつき防止 | 蓋と枠の接触面を機械加工した「勾配受方式」で、車両通過時のがたつきを防ぐ |
| 不法開放防止 | 専用工具以外では容易に開かない、錠を備えた構造にする |
| 圧力解放耐揚圧性能 | 豪雨時にマンホール内圧が高まっても、一定の高さ以下で浮上して圧力を逃がし、車両が通っても解錠しない構造にする |
| 絵柄・彩色 | JIS・JSWAS G-4いずれの条文にも規定なし=自治体の裁量 |
つまり規格が向き合っているのは、蓋が原因で人がケガをしたり、水害時に蓋が飛んで転落事故が起きたりすることを防ぐ性能である。ただし、すべての自治体が同じ規格を採用しているという意味ではなく、自治体の発注仕様によって適用条件は異なる。摘み穴の位置や表面の滑り止め模様の細部を除けば、「何を描くか」は規格が最初から扱っていない領域であり、そこに自治体・デザイナー・製造会社の裁量が丸ごと残っている。
安全に関わる部分だけをきっちり縛って、それ以外は現場に任せる。この分け方自体は珍しくない。ただそこに、自治体という「税金を使う立場」が来ると、話は単純じゃなくなる。工事の担当者は安全基準さえ守れば仕事が終わるが、絵を選ぶ側は「なぜこの絵にお金を使ったか」を住民に説明し続けなきゃいけない。規格の余白は自由であると同時に、責任の置き場所でもある。
なぜ「絵柄は自由」が実際に使われ始めたのか
規格に絵柄の規定がないこと自体は昔からだった。それでも長らく、マンホール蓋のデザインは自治体ごとに大きくは変わらなかった。明治時代のマンホール蓋は、「旧東京市パターン」(中島鋭治が考案)、「旧名古屋市パターン」(茂庭忠次郎が考案)など、いくつかの定型パターンに収れんしており、デザインは基本的に顧みられない傾向があったとされる。
待って、下水道の「イメージアップ」て何じゃそれ。トイレの水が流れる先の話にイメージも何もないじゃろ。何をアップさせたかったんじゃ?
1980年代当時、下水道はまだ全国に行き渡っていなくて、整備には多額の税金が使われていたんです。地中に埋まった管や処理場は住民の目に触れないので、「税金を何に使っているか実感が湧かない」という状態になりやすい。マンホールの蓋は道路の上にあって唯一目に見える下水道の部分だから、そこにデザインを入れることで「ここまで下水道が来ていますよ」と伝える広報の役割を持たせたんですよ。実際、福岡市は平成2年(1990年)3月末に下水道普及人口100万人を突破したのを記念してデザインを公募していて、全国から735点の応募の中から選んだデザインに平成3年(1991年)4月から切り替えています。今でも市内に16万個以上のマンホールがあります。
発注の実際:絵柄1種類ごとに、専用の型を新しく作る
デザインが自由といっても、実際に蓋になるまでの製造工程が「絵柄ごとに専用の道具が要る」という構造を持っている。栃木県下水道管理事務所が公開している製造工程の説明によれば、まず蓋と同じ形をした「母型(おもがた)」という模型を作り、その母型に砂を詰めて「砂型(すながた)」という鋳造用の型を作る。溶かした鉄を砂型に流し込んで約90分冷却し、型から取り出してバリを削り、蓋と受枠が接する部分を加工したあと、黒く塗装して出荷する。カラーの蓋は機械化が難しく、職人の手作業で色付けされている。
つまり絵柄が変わるたびに、その絵柄専用の母型を新しく起こす必要がある。既存の無地の蓋の母型を使い回すのに比べれば手間もコストもかかるが、逆に言えば「母型さえ作れば、その自治体だけの蓋が作れる」という意味でもある。規格が絵柄に触れていないことと、製造工程が絵柄ごとに型を分けられる構造を持っていることの両方が揃って、初めて「自治体ごとに違う蓋」が実際に量産できる。
なるほどのう、絵1個変えるたびに専用の型を新しく作っとるんか。それって毎回コストかかるってことじゃろ? なんぼでも自由にできるわけやないんじゃな。
そうなんです。だから「絵柄は規格の対象外=タダで自由」ではなくて、「型を起こすコストを自治体が引き受ければ自由」というのが正確なところです。この自由には、実際に自治体側が引き受けているコストと、それに伴う批判もセットで付いてきます。
デザインが自由であることの副作用
蓋の表面形状は滑り抵抗に関わるため、意匠と安全性を両立させる設計が必要になる。ただし、具象的な絵柄だから滑りやすいとは一概に言えない。福岡市は、滑りにくさを持たせた「次世代型マンホールふた(スリップ防止型)」について製造工場の認定基準を定めている。(2026年10月3日訂正:当初は具象模様の蓋が旧来の幾何学模様より滑りやすいものが少なくないと一般化していましたが、個々の絵柄と滑り抵抗の関係を示す根拠を確認できず、福岡市の公式資料で滑り止め仕様の蓋の認定基準があることを確認したため、表現を改めました。2026年10月10日、「平成18年度から一部を加工して採用」の記述は、確認できた公式資料に該当箇所がなかったため削除しました。出典: 福岡市「次世代型マンホールふた」製造工場認定基準。)着色を施したカラーマンホールは製造コストも高く、下水道事業に関心のない層からは「税金の無駄遣い」という批判が出ることもある。実際、2010年代頃からは、滑りにくい細かい幾何学模様の蓋を採用したり、デザインマンホールの採用そのものを中止したりする自治体も現れている。
デザインが人気コンテンツと結びついた場合には、別の問題も起きる。2018年、静岡県沼津市が「ラブライブ!サンシャイン!!」の登場人物をモチーフにしたマンホール蓋を市内9カ所に設置したところ、白い塗料で塗りつぶされたり、深いかすり傷を付けられたりする被害が相次いだ。市は被害拡大を防ぐため9種類全てを一時回収すると決めた(報道時点。再設置の時期は未定とされた)。
- 下水道という「見えないインフラ」を住民に可視化できる
- 観光・地域おこしの手段としてマンホールカード等の展開につながる
- 1つの意匠が、その土地の名産・キャラクター・記念事業の記録になる
- 絵柄や表面加工に応じて、滑り抵抗への配慮が必要になる
- 着色された蓋は製造コストが高く、「税金の無駄」批判の対象になる
- 人気コンテンツと結びつくと、破損・いたずらの標的にもなる
沼津のケースで面白いのは、被害に遭ったのがキャラクターの絵柄の蓋だった点だ。報道からは犯人の動機は分からない。それでも人を呼ぶ絵は、同じ力で悪意も呼び寄せるのかもしれない。自由に描ける余白を作った側は、街の顔になった瞬間、守る責任まで引き受けることになる。
この記事について
規格(JIS A 5506・JSWAS G-4)の制定・改正年は日本グラウンドマンホール工業会の公開資料で確認した。ご当地マンホールの経緯はWikipediaの記述に、福岡市の実例は同市公式サイトの一次情報で裏付けている。製造工程は栃木県の公開資料、製造シェアはフクリパの取材記事による。沼津市の事例は報道時点のもので、その後の対策は本稿では扱っていない。
要するに、規格が「安全の性能基準」と「見た目」を別の引き出しに分けとったってことじゃな。……わしにも覚えがあるぞ。お守りの紐の結び方は神社ごとに全然違うのに、強度の基準は意外と共通しとる。危ないところだけ揃えて、あとは好きにしていい——ってことなんじゃな。
主な参照資料:
- 日本グラウンドマンホール工業会「マンホール蓋に関する規格の変遷」 — JIS A 5506の1958年制定
- 日本グラウンドマンホール工業会「下水道用マンホール蓋(JIS)の抜本改正」 — 2018年12月20日改正の内容
- 日本グラウンドマンホール工業会「[更新]下水道協会規格 JSWAS G-4」 — JSWAS G-4の制定〜改正の流れと規定内容
- Wikipedia「ご当地マンホール」 — 明治期の定型パターン、1977年沖縄発祥、1980年代建設省の働きかけ
- Wikipedia「マンホールの蓋」 — 要求性能、勾配受方式、材質
- 下水道広報プラットホーム(GKP)「マンホールカード第29弾(46種)を令和8年7月31日に配布開始」 — 通算1,311種・783自治体・4団体、累計2,400万枚見込み
- 栃木県「マンホール蓋ができるまで」 — 母型・砂型を使った製造工程
- フクリパ「全国のマンホールの蓋の6割を作るインフラ企業「日之出水道機器」」 — 全国約1,500万枚のうち6割のシェア
- 福岡市「マンホールふたのデザイン」 — 平成2年の下水道普及100万人記念公募(735点応募)
- ねとらぼ「沼津市『ラブライブ』のマンホール、白い塗料で塗りつぶされる 9種全ての回収を決定」 — 2018年の破損被害と回収
参考文献・検証ログ
- 日本グラウンドマンホール工業会「マンホール蓋に関する規格の変遷」
- 日本グラウンドマンホール工業会「下水道用マンホール蓋(JIS)の抜本改正」
- 日本グラウンドマンホール工業会「[更新]下水道協会規格 JSWAS G-4」
- Wikipedia「ご当地マンホール」
- Wikipedia「マンホールの蓋」
- 下水道広報プラットホーム(GKP)「マンホールカード第29弾(46種)を令和8年7月31日に配布開始」
- 栃木県「マンホール蓋ができるまで」
- フクリパ「全国のマンホールの蓋の6割を作るインフラ企業「日之出水道機器」」
- 福岡市「マンホールふたのデザイン」
- ねとらぼ「沼津市『ラブライブ』のマンホール、白い塗料で塗りつぶされる 9種全ての回収を決定」
- 福岡市「次世代型マンホールふた」製造工場認定基準
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更新・訂正履歴
更新履歴
- 2026-09-01: 初稿作成(自動起稿レーン・装填在庫)
訂正履歴
- 2026-10-03: 「具象的な絵柄付きの蓋は平面部分が増え滑りやすいものが少なくない」と一般化していた記述を訂正。絵柄だけで滑りやすさを判断できないため。福岡市『次世代型マンホールふた(スリップ防止型)』の製造工場認定基準の存在を確認。
- 2026-10-10: 2026-10-03 訂正の根拠として挙げた「平成18年度から一部を加工して耐スリップ性能を高めた蓋を採用」の記述を削除。福岡市の資料で年度(令和5年度と令和7年度)の食い違いがあり、該当原文を確認できなかったため。確認できた範囲(スリップ防止型の製造工場認定基準)に改めた。
- 2026-10-12: JIS A 5506の適用範囲(下水道用・枠内径600mm)と自治体ごとの採用仕様を確認し、「性能は全国統一」とした記述を、規格が共通の性能基準を定めるという表現に訂正。全国すべての蓋が一律に同規格へ適合するとは限らないため。根拠: https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/index/?bunsyo_id=JIS+A+5506%3A2018 (確認日: 2026-10-12)。
- 2026-10-11: 揮発する数値に時点を補った(1,700自治体・約1万2000種は2016年時点〔Wikipedia「ご当地マンホール」〕、日之出水道機器の約6割・約1,500万枚は2021年4月の取材記事時点〔フクリパ〕、沼津市の一時回収は2018年の報道時点〔ねとらぼ〕)。「21世紀に入ってから具象模様の蓋を一時採用した」の記述は、出典で確認できる「2010年代頃から幾何学模様へ切り替える自治体が現れた」に改めた。
- 2026-10-11: 見出し「しかもJIS規格の蓋は今や1割しかない」を訂正。出典(Wikipedia「ご当地マンホール」)は「2016年現在、JIS規格の蓋を使う自治体が全国で1割ほど」であり、現在の数値でも蓋そのものの割合でもないため。本文の「設置直後から」は出典(ねとらぼ・2018年6月)で確認できなかったため削除。
参考資料
- 参考日本グラウンドマンホール工業会「マンホール蓋に関する規格の変遷」jgma.gr.jp
- 参考日本グラウンドマンホール工業会「下水道用マンホール蓋(JIS)の抜本改正」jgma.gr.jp
- 参考日本グラウンドマンホール工業会「[更新]下水道協会規格 JSWAS G-4」jgma.gr.jp
- 参考Wikipedia「ご当地マンホール」ja.wikipedia.org
- 参考Wikipedia「マンホールの蓋」ja.wikipedia.org
- 参考下水道広報プラットホーム(GKP)「マンホールカード第29弾(46種)を令和8年7月31日に配布開始」gk-p.jp
- 一次栃木県「マンホール蓋ができるまで」pref.tochigi.lg.jp
- 参考フクリパ「全国のマンホールの蓋の6割を作るインフラ企業「日之出水道機器」」fukuoka-leapup.jp
- 一次福岡市「マンホールふたのデザイン」city.fukuoka.lg.jp
- 参考ねとらぼ「沼津市『ラブライブ』のマンホール、白い塗料で塗りつぶされる 9種全ての回収を決定」nlab.itmedia.co.jp
- 一次福岡市「次世代型マンホールふた」製造工場認定基準city.fukuoka.lg.jp