ふしぎ観測

エスカレーターの片側空け、いつから「常識」になったんですか?

2026年8月21日 By NTM Editorial
aiko
aiko

エスカレーターの片側空けって、もう完全にマナーというか常識よな。急いでる人のために空けといたるのは、むしろ優しさじゃろ?

sa-tan
sa-tan

実はそこ、話が逆なんです。片側空けは鉄道会社や業界団体が推奨してきたマナーではなくて、今まさに彼ら自身が「やめてください」と呼びかけている習慣なんですよ。しかも発祥が分かっていて、始まったのは1967年ごろ。まだ60年も経っていません。

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片側空けは「マナー」ではなく「呼びかけの失敗」の歴史だった

エスカレーターの片側空けは1967年ごろ、大阪・阪急梅田駅の呼びかけから始まったとされる。だが発祥から半世紀以上を経た今、当の鉄道業界と日本エレベーター協会は正反対の呼びかけをしている。それでも法律で歩行を禁じている自治体は全国にたった2つしかなく、しかも効果には差が出ている。

片側空けの発祥(推定) 1967年ごろ・大阪梅田駅
エスカレーター事故(2023〜2024年) 2,060件
歩行禁止を条例化した自治体(全国) 2件のみ
名古屋市の歩行率(2022年→2025年) 21.3%→4.7%

始まりは呼びかけだった

1967年ごろ、大阪・阪急梅田駅の高架移転工事に伴いエスカレーターや動く歩道が大量設置され、鉄道会社側が「片側を空けてください」と呼びかけたのがきっかけとされる。

今は正反対の呼びかけ

日本エレベーター協会と鉄道各社は現在「エスカレーターの歩行禁止」を公式に呼びかけている。2020年からは「歩かず立ち止まろう」キャンペーンとして毎年実施されている。

条例化は全国で2件だけ

歩行禁止を法律(条例)で定めているのは、2021年施行の埼玉県と2023年施行の名古屋市の2自治体のみ。いずれも罰則規定はない。

効果には明暗が出た

埼玉県の歩行率は施行から1年ほどで施行前の水準に戻ったとする調査がある一方、名古屋市では歩行率が21.3%から4.7%まで下がったと報じられている。
NT Media 結論
「片側空け=マナー」という理解では、この4つの変化のうち1つも説明できない。始まりから順番に見ていく。

「片側空け」はマナーではなく、業界が止めたがっている習慣

一般社団法人日本エレベーター協会は公式サイトで「当協会、鉄道事業者などでは、エスカレーターの歩行禁止を呼びかけています」「歩いたり、走ったりせずに、立ち止まって利用ください」と明記している。理由として挙げているのは、片側の手すりにしか掴まれない人がいることだ。急いでいる人のための片側空けは、片方の手が不自由な人にとっては手すりに掴まれない危険な状態を作り出す、というのが協会の説明である。

この呼びかけは今に始まったことではない。同協会は少なくとも2014年から毎年7月、「みんなで手すりにつかまろう」キャンペーンを実施してきた。2020年からは名称を「歩かず立ち止まろう」キャンペーンに変え、歩行そのものを止める呼びかけへと踏み込んでいる。2025年の実施では、鉄道会社・鉄道局60社局、関係団体7団体、空港・商業施設・地方自治体などが協力する全国規模の取り組みになった。

なぜ片側空けが危ないとされるのか
  • 片方の手しか手すりに掴まれない人が、片側空けの流れの中では立ち位置を選べなくなる
  • 手すりに手が届かない小さな子どもが1人で乗ると、バランスを崩しやすい
  • 急いで踏段を歩く/走ることそのものが転倒・接触の原因になる
aiko
aiko

えー、でも片側空けとったら流れがスムーズになるじゃろ? 急いでる人のためにもなるし、なんでそんなに嫌がられとるんじゃ?

sa-tan
sa-tan

急いでいる人のためではあるんですけど、それはつまり「歩く人が乗ってくる前提」で片側を空けているということなんです。手すりに掴まれない人や体の不自由な人からすれば、空けること自体が排除になってしまう。それに、この「急ぐ人のために空ける」という発想がいつ始まったのか調べると、時代背景がはっきり見えてくるんですよ。

発祥は1967年、大阪・阪急梅田駅 ── 「急ぐことが美徳」だった時代

エスカレーターの歴史に詳しい江戸川大学の斗鬼正一名誉教授によると、片側空けの発祥は大阪だという。1967年ごろ、高架移転工事中だった阪急梅田駅(現在の大阪梅田駅)に動く歩道やエスカレーターが大量に設置され、鉄道会社側が呼びかけたのがきっかけとされる。当時これらの設備はまだ珍しく、高度経済成長期の「急ぐことの方がいい」という価値観の中で、多くの人が歩いて利用していた。

大阪は当初、1970年の大阪万博開催を控え、海外で主流だった「左側空け(右に立つ)」を呼びかけた。この慣習は大阪から各地に広がったが、隣接する京都では「立つのは左側、歩くのは右側」と大阪とは逆になった。東京も同様である。大阪以外の地域では明示的な呼びかけがなく自然発生的に広がったため、日本の交通ルール「左側通行」に近い「右側空け」が定着したとみられている。

1967年ごろ
大阪・阪急梅田駅で片側空けの呼びかけ
駅の高架移転に伴いエスカレーターが大量設置され、鉄道会社が「左側空け」を呼びかけたとされる。万博直前という事情も影響したとみられる。
その後、東京・京都は自然発生
呼びかけのない地域は「右側空け」に収束
明示的なキャンペーンがなかった地域では、日本の左側通行の慣習に近い形で右側空けが定着したとみられる。
2020年以降
呼びかけの主体が逆転
呼びかけを始めた鉄道業界自身が、日本エレベーター協会と共に「歩かず立ち止まろう」を呼びかける側に回っている。
aiko
aiko

1967年て、めっちゃ最近やないか! もっと昔から自然に決まっとるマナーやと思っとったわ。しかも言い出しっぺの鉄道会社が、今は真逆のこと言うとるんか。

sa-tan
sa-tan

そうなんです。当時は「急ぐことが美徳」という高度経済成長期の価値観の中で始まった呼びかけが、半世紀以上経ってそのまま「マナー」として固定されてしまった、という見方ができます。呼びかけた側の意図はとっくに変わっているのに、習慣だけが独り歩きしている状態ですね。じゃあ実際、その習慣がどれくらいの事故につながっているのか、数字で見てみましょう。

業界が繰り返し呼びかける理由 ── 事故は2年で2,060件

日本エレベーター協会が会員各社の保守契約データをもとに5年ごとに実施している調査(第10回、調査期間2023年1月〜2024年12月)によると、エスカレーターの利用者災害件数は2,060件で、前回調査(2018〜2019年、1,550件)から510件増加した。災害発生率も2.2%から3.0%へ上昇している。保守契約台数自体は69,907台から69,099台へと調査開始以来初めて減少したにもかかわらず、事故件数・発生率がともに増えたことが今回の調査の特徴だ。

第8回調査(2013〜14年)
1,475件
第9回調査(2018〜19年)
1,550件
第10回調査(2023〜24年)
2,060件

原因別では「乗り方不良(484件、手すりを持たない・踏段上を歩くなど)」「乗り損ない/降り損ない(316件)」「その他(666件、主にロングスカートなど衣類の挟まれ)」の上位3要因で全体の約7割を占める。年齢別に人口100万人あたりの発生件数を見ると、70歳以上の高齢者が18.2件と、16〜69歳の大人(10.8件)より明確に高い。酔っ払いが原因の事故は144件で、その約65%が駅など交通機関施設で発生している。

Zash
Zash

手すりを持たずに片側だけを歩いて突っ切る乗り方が、事故原因の上位に居座り続けている。片側を空ける人間が増えれば増えるほど、その隙間を急いで通り抜ける人間の数だけ、転倒や接触のリスクが積み上がる仕組みだ。統計はただの数字じゃない、毎日どこかの駅の階段で実際に起きている話だぞ。

歩行を法律で禁じているのは、全国で埼玉県と名古屋市の2つだけ

業界団体の呼びかけを法律の形にした自治体は、実は全国でたった2つしかない。地方自治研究機構の調査(2025年11月1日時点)によれば、エスカレーターの歩行禁止を規定する条例は埼玉県と名古屋市にしか存在しない。建築基準法など国の法律・政令にはエスカレーターの「利用方法」を規定する条文はなく、いずれも自治体独自の条例である。

埼玉県(全国最初)
  • 「埼玉県エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」
  • 2021年3月30日公布・議員提案、2021年10月1日施行
  • 利用者は立ち止まって利用する義務、管理者は周知の義務
  • 罰則規定なし
名古屋市(全国2例目・政令市初)
  • 「名古屋市エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」
  • 2023年3月23日公布・市長提案、2023年10月1日施行
  • 右側か左側かを問わず踏段上に立ち止まる義務(第8条)
  • 罰則規定なし
aiko
aiko

えっ、条例で決まっとるのって埼玉と名古屋だけなん!? てっきりもう全国どこでも決まっとる思っとったわ。東京とか大阪はどうなっとるんじゃ?

sa-tan
sa-tan

東京都・大阪府を含め、他の都道府県には歩行禁止を義務づける条例はいまのところありません。福岡市などは条例化せず啓発活動だけを続けている段階です。それに、埼玉と名古屋は同じような条文なのに、施行後の効果には差が出ているんですよ。

条例をつくっても、効果が続くとは限らない

エスカレーターの歩行率調査を続けているアール医療専門職大学の徳田克己教授によると、埼玉県のさいたま新都心・大宮駅では、条例施行から徐々に歩く人の割合が減ったものの、1年後には施行前とほぼ同じ水準まで戻っていたという。一方、名古屋市では「条例の施行後、埼玉県では見られなかった行動変容が確認されている」と徳田教授は述べている。ただし施行からの経過期間や地域条件が異なるため、両者を単純比較はできないとしている。

名古屋市はAIによる歩行者自動検知システムを使い、歩いている利用者を音声で注意する取り組みも展開している。関西テレビの報道によれば、この取り組みにより名古屋市でエスカレーターを歩く人の割合は2022年の21.3%から2025年には4.7%まで下がった。中日新聞の報道(2024年9月10日)でも、名古屋市の調査でエスカレーターを立ち止まって利用する人の割合が93.3%に達したと報じられている。

項目埼玉県名古屋市
施行日2021年10月1日2023年10月1日
罰則なし(両条例とも)
独自の啓発手段条例の周知が中心AI歩行検知+音声注意
施行後の傾向(調査対象・時期が異なる点に注意)大宮駅で1年後に施行前水準へ戻ったとする調査あり歩行率21.3%→4.7%(2022年→2025年)

条例そのものの文言はほぼ同じで、どちらも罰則はない。それでも結果に差が出ているとすれば、その違いを生んでいるのは条文の強さではなく、AIによる音声注意のような継続的な現場での働きかけかもしれない、というのが徳田教授の見立てである。

NTM ニュース整理

この記事について

「片側空けはマナー」という前提そのものを疑い、発祥(1967年・大阪梅田駅)、業界の現在の呼びかけ(日本エレベーター協会)、事故データ(同協会の第10回調査)、条例の実態(埼玉県・名古屋市)、施行後の効果(徳田克己教授の追跡調査)の5点を、それぞれ一次資料・専門家の調査に当たって確認した。「歩くべきか、立ち止まるべきか」の当否そのものを断定するのではなく、確認できる事実と、まだ効果検証が続いている部分を分けて示す立場を取った。

Zash
Zash

1967年に生まれた「急ぐ人のための呼びかけ」が、半世紀かけてマナーという名の同調圧力に変わり、今度はそれを止めるための条例と音声注意という新しい呼びかけが必要になっている。呼びかけの中身は変わっても、呼びかけないと変わらないという構造だけは変わっていない。

Zash Zashの今日の一言まとめ

エスカレーターの片側空けは1967年ごろ、大阪・阪急梅田駅の高架移転工事に伴う鉄道会社の呼びかけから始まったとされる(江戸川大学・斗鬼正一名誉教授)。当時は「急ぐことが美徳」だった高度経済成長期の価値観が背景にあった。だが現在、日本エレベーター協会と鉄道各社は逆に「歩かず立ち止まろう」キャンペーンを2020年から実施し、エスカレーターの歩行禁止を呼びかけている。同協会の調査では、事故件数は2018〜2019年の1,550件から2023〜2024年には2,060件に増加した。歩行禁止を条例で定めているのは全国で埼玉県(2021年施行)と名古屋市(2023年施行)の2自治体のみで、いずれも罰則はない。効果には差があり、埼玉県では施行1年後に歩行率が元の水準へ戻ったとする調査がある一方、AIによる音声注意を併用した名古屋市では歩行率が21.3%から4.7%まで下がったと報じられている。「片側空け=マナー」という理解では、この半世紀の呼びかけの逆転も、条例が2つしかない実態も説明できない。


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