ふしぎ観測

血液型で性格を決める話は、なぜ日本に残ったのか。1927年の入試の悩みと、1971年の1冊と、2004年のテレビ

2026年10月18日 By NTM Editorial
#血液型#血液型性格診断#疑似科学#BPO#テレビ#メディアリテラシー
aiko
aiko

のう、sa-tan。初めて会うた相手に、だいたい二言目で「何型?」と聞かれるじゃろ。あれは昔からずっと続いておる習慣なのか、それとも途中で流行ったものなのか、わしにはどうも分からんのじゃ。

sa-tan
sa-tan

今日はその「昔から」を3つに割って見てみます。実は、途中で一度、学会から否定されて、ほとんど表から消えているんです。

血液型で性格を語る習慣は、ずっと続いてきたのではなく、一度途切れたあとに、言葉を替えた本とテレビ番組で戻ってきたものだった。

血液型と性格に関連があるかどうかには、もう答えが出ている。2014年に縄田健悟氏が、日本と米国の合計1万人を超える調査データを分析し、関連は見つからなかったと報告した。この記事はその答えを繰り返さない。当たらない話が、どういう道筋で日本の日常会話に残ったのかを、年代を追って確かめる。

3段に割ると、真ん中で一度途切れている

図1 血液型と性格(気質)をめぐる主な出来事
1916年
医師の原来復が、血液型と気質を研究対象にする試みに論文で触れる(関係の断定はしていない)
1段目
1927年
古川竹二が『心理学研究』に「血液型による気質の研究」を発表する
1段目
1928〜35年
この説の影響下で書かれた論文が、医学・心理学・教育学などで約290本に及ぶとされる
1段目
1931年
陸軍での血液型と資質の研究が、期待した結果が出ないまま中止される
2段目
1933年
日本法医学会総会で古川学説が正式に否定される。戦後は長く取り上げられなかった
2段目
1971年
能見正比古『血液型でわかる相性』(青春出版社)。1973年に『血液型人間学』が続く
3段目
2004年
BPO青少年委員会が「血液型を扱う番組」への要望を公表する(12月8日)
3段目
2014年
縄田健悟氏が大規模調査の分析で「無関連」を報告する
3段目
注:1916年・1928〜35年・1931年・1933年の記述は Wikipedia 日本語版の記載によるもので、原資料は確認していない。1段目=成立、2段目=断絶、3段目=再流行は編集部の区切り。
出典:Wikipedia「血液型性格診断」、佐藤・渡邊(1995)、BPO(2004)、縄田(2014)をもとに編集部作成。
aiko
aiko

1933年に否定されたものが、1971年に戻ってきたのじゃな。四十年近く空いておる。それでも同じ話が戻ってこられた、というのが不思議じゃのう。

sa-tan
sa-tan

戻ってきたものを並べると、同じ話に見えて、違うところが2つあるんです。まず出発点から見ていきましょう。

1段目:入試の成績が当たらない理由に、気質が要った

佐藤達哉氏と渡邊芳之氏の論文(1995年)の要旨によると、古川竹二(1891〜1940)は大学で実験教育学を専攻し、女学校の事務室で働いていた。

要旨が挙げる3つの事実
① 入試の成績から入学後の成績を予測できないのは、志願者の気質の違いのせいだと考えるようになった
② 人間の気質は単純で、2つの型を考えれば足りると考えていた
③ 医者の多い家の出で、当時の最新の生理学的発見だった血液型になじみがあった
出典:佐藤・渡邊「古川竹二の血液型気質相関説の成立を巡って」性格心理学研究 3, 51-65(1995)の英文要旨を編集部が要約。

説の出発点は、人間を知りたいという関心というより、入試で測れなかった差に名前を付けたい、という現場の事情だった。ここは編集部の読みで、要旨にはそこまで書かれていない。ただ、予測が外れる理由を、本人に備わった変えられない印に置く形になっている点は、要旨の①からそのまま読み取れる。

Wikipedia 日本語版によれば、古川が最初に仮説を立てたのは自分の血族11名からで、ほかに自殺者にはA型が多いとする12名、売血志願者にはO型が多いとする18名の調査があった。統計学から見れば有効なデータではないとされる。それでも関連する論文が約290本書かれたのは、教育や医学の現場に「測れないものを測る道具」への需要があったからだと思われる。

aiko
aiko

……入試で人の中身まで測れなんだ責任を、生まれつきのほうに預けた形じゃな。預けられた血のほうは、迷惑な話じゃ。

sa-tan
sa-tan

そうですね。しかも、この段階では売れた本ではなく、学会や教育現場の中の話でした。一般の読者が自分の相性に使う話になったのは、次の段からなんです。

3段目:1971年、言葉が「気質」から「性格」に替わった

断絶のあと、戦後長く取り上げられなかった説を、一般向けの本として戻したのが能見正比古(1925〜1981)だった。Wikipedia 日本語版は、戦前の「血液型と気質」という言い方が「血液型と性格」に替わったのも、能見の著書からだと書いている。

表1 1段目(古川竹二)と3段目(能見正比古)の違い
項目古川竹二能見正比古
時期1927〜1932年1971〜1973年
書名・論題「血液型による気質の研究」『血液型と気質』『血液型でわかる相性』『血液型人間学』
使った語気質性格、そして相性
読み手学界・教育現場一般の読者(啓発本)
データ血族11名など、小規模10万人超と称する。息子の俊賢氏は読書カードの返送者が中心と語る
その後1933年に日本法医学会総会で否定心理学者による本格的な批判は、能見の没後(1990年の大村政男氏の著書以降)
注:すべて Wikipedia 日本語版の記載による。「10万人超」「読書カード」は同ページが紹介する本人側の説明で、データそのものは学会に公開されていないとされる。
出典:Wikipedia「血液型性格診断」をもとに編集部作成。

『血液型でわかる相性』は累計800万部を超えるヒットになったと、同ページは書く(出版社の公式発表は確認していない)。表1で見てほしいのは、読み手と使う語が替わったことだ。学界の説明だった気質は、恋愛や人間関係の「相性」を語る言葉になった。書き手の統計が偏っていても、読者が自分や友人に当てはめて試せる形になっている。

aiko
aiko

読書カードを送り返した人は、もともと血液型に興味がある人じゃろ。そこから集めた数字では、広く当てはまるかどうかは分からんのではないか?

sa-tan
sa-tan

おっしゃるとおりで、偏りのない前提で統計を使ったこと自体が問題だ、という指摘があるそうです。ただ、読者にとっては、数字が付いていること自体が説得力になったのかもしれません。ここは私の推測です。

2004年、テレビが「実証済みのように」扱った

3段目の途中、テレビで血液型番組が相次いだ時期に、BPO(放送倫理・番組向上機構)の青少年委員会が動いた。2004年12月8日に公表した『「血液型を扱う番組」に対する要望』は、2004年4〜11月に寄せられた視聴者意見をもとにしている。

それらの番組はいずれも、血液型と本人の性格や病気などとの関係があたかも実証済みであるかのごとく取り上げている。

BPO 青少年委員会「『血液型を扱う番組』に対する要望」(2004年12月8日)

要望文は、番組が「○○と言われています」「個人差があります」「血液型ですべてが決まるわけではありません」といった注意のテロップを流すようになったことにも触れ、「これは弁解の域を出ず、血液型が個々人の特徴を規定するメッセージとして理解されやすい実態は否定できない」と書いた。また、児童が出演して「血液型実験」をされる例が多いことを、人道上問題があると指摘している。寄せられた視聴者意見の中には、「子どもが通う学校で『お前はB型だろう』といじめが始まっている」というものもあった。

aiko
aiko

……「B型だろう」と言われて黙るしかなかった子が、おったということじゃな。

sa-tan
sa-tan

視聴者意見は、あくまで寄せられた声の紹介で、件数や実態の調査ではありません。ただ、BPOは番組の側が「実証済みのように」扱った点を要望の中心に置いています。当たるかどうかより、扱い方の問題として書いたんです。

2014年、数えてみたら65項目で差が出なかった

最後に、数える側の結果を置く。縄田健悟氏は、2000年以降に無作為抽出で集められた日本と米国の大規模調査を二次分析した(心理学研究 85巻2号に掲載。日本経済研究センターのコラムによる書誌)。

統計指標
性格などの68項目のうち、血液型で差が出なかった項目 65項目
血液型で説明できる全体のばらつき 0.3%未満(η²<.003)
定義:η²(イータ二乗)は、血液型の違いで説明できる、回答のばらつきの割合。
調査:日本2004年(N=2,878〜2,938)、日本2005年(N=3,618〜3,692)、米国2004年(N=3,037〜3,092)。いずれのデータでも65項目で差は有意でなかった。
読み方:残る3項目で差が見えても、効果の大きさは0.3%未満にとどまる。
図2 68項目のうち、血液型で有意な差が出た項目と出なかった項目
65項目(95.6%)
差が有意でなかった
右端の淡い部分が、差が出た3項目(4.4%)
注:割合は65/68、3/68を編集部が計算した。
出典:縄田健悟(2014)J-STAGE掲載の英文要旨をもとに編集部作成。

数えれば答えは出るのに、数える前に「当たる」と言える形のまま、1段目から3段目まで渡ってきた。これは編集部の読みで、誰が何を信じ続けたのかを測った資料は、今回見つけられていない。

aiko
aiko

じゃが、当たっておるような気がする日は、あるじゃろ。あれはどう説明するのじゃ?

sa-tan
sa-tan

それは今回読んだ資料の範囲では、確かめていません。この記事が言えるのは、道筋の話までです。数える前の気分と、数えたあとの結果を、並べて置いておくことはできます。

この記事も、「血液型」という、検索されやすい語に乗っている。読まれやすい題材だから選んだ面は、こちらにもある。判定ラベルや「検証済み」という言葉を、読者がそのまま受け取ってしまう危うさは、「ファクトチェック済み」の嘘。チェック機関の権威化が生む盲点でも扱った。

関連: 「地震雲」は、なぜ何度「関係ない」と言われても消えないのか。数えられるのは当たった日だけだった

aiko aikoが飲み込んだところ

次に「何型?」と聞かれたら、答えたあとで、それで何が決まると思われておるのか聞き返してみようかのう。……わしも、答えた型ひとつでひとくくりにされて、黙った日があるでな。

NTM ニュース整理

この切り口を選んだ理由

「血液型で性格は決まるのか」は2014年の調査で答えが出ているので、同じ結論を重ねる記事は避けた。代わりに、入試の悩み・1冊の本・テレビ番組という、運び手が替わるたびに説が形を変えた経路を柱にした。能見正比古氏の著作の中身や、古川竹二氏の原論文は直接読めていない。そこは Wikipedia 経由の記述として、本文でそう書いている。

ソース

参照した資料

BPOの要望文とJ-STAGEの縄田論文、佐藤・渡邊論文の要旨は本文を直接読みました。古川竹二・能見正比古・陸軍・日本法医学会に関する記述は Wikipedia 日本語版の記載によるもので、原資料は確認していません。

the NTM Core Engine 参考文献・検証プロセス
S 100pt
PENDING Audit PENDING_MANUAL_REVIEW
3 一次情報
2 二次情報
参考文献・検証ログ 5件
Score Breakdown 100pt
Traceability 35/35
本文から根拠へ辿れる度合い
Diversity 25/25
出典の広がり
Evidence 25/25
根拠の強さ
Domain Bonus 15/15
一次資料・公的資料の補強
the NTM Core Engine review note

参照は 5 本あります。監査はまだ保留で、公開前の確認が残っています。

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参照 5 本。一次情報 3 本 / 二次情報 2 本を当てて、本文の芯を固める。

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  • 2026-10-08: 初稿作成(自動起稿レーン・装填在庫)

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参考資料