世の中

国産AIの「1年半遅れ」は、あと1年半で埋まるのか?

2026年9月27日 By NTM Editorial
#生成AI#国産AI#AI勢力図#計算資源#産業政策

「国産AIは世界から1年半遅れている」。そう聞くと、あと1年半頑張れば追いつけそうな気がする。

しかし、今日の到達点が相手の18か月前と同じだとしても、相手はそこで待ってくれない。先頭の投入規模が毎年何倍にもなる競争では、遅れを保つだけでも相当な増強が要る。

「何年遅れか」は現在地の説明であって、追いつく計画にはなっていない。

国内の数千基級の設備と、米国の数万〜数十万基級の設備。その隔たりを地図にしてから、追走速度をグラフにする。「1年半」は全モデル共通の実測値とは扱わず、追いつく期限と読み違えたときに何が起きるかを検証する。

日本の計算基盤を、世界と同じ目盛に置くと?

国内にも大規模な設備はある。ABCIの公式構成はH200を6,128基。ソフトバンクの2025年7月発表では、B200を4,000基超搭載した設備が完成した。さくらインターネットは2026年2月にB200約1,100基の追加設備を稼働させている。

一方、Metaは2024年3月の時点で、H100を1群あたり24,576基備えたクラスターを2群公表していた。2026年5月のColossus 1の開示は、H100・H200・GB200を合わせて22万基超。図ではMetaの1群と比較する。

スマートフォンでは図を横にスクロールできます。

公表された個別AI設備のGPU基数対数目盛。さくら追加設備約1100、ソフトバンクB200群4000超、ABCI 6128、Meta一群24576、Colossus 1は220000超。公表時点とGPU種が異なり、国別総量や性能比を表さない。AI計算基盤マップ:個別設備の規模選定した実配備の公表例/GPUの実基数・対数目盛1,00010,000100,000さくら/追加設備2026年2月・B200約1,100ソフトバンク/B200群2025年7月・B2004,000超ABCI 3.0H200・公式構成6,128Meta/1クラスター2024年3月・H10024,576Colossus 12026年5月・3種混在220,000超橙:国内の設備例 紺:米国の設備例 ※同じ横幅で10倍。ゼロ始まりの棒グラフではありません。
各運営者の一次資料から作成。2026年9月9日確認。選定した設備の公表例であり、同日現在の最大設備ランキングでも、国別の保有総量でもない。「超」は公表下限、「約」は概数の位置に描画。GPU世代・用途・公表時点は揃っていない。

図の右端と左端は、微差ではない。桁の異なる設備が同じ競争の背景にある。ただし、GPUの台数比を、そのままAIの性能比にしてはいけない。新旧のGPUは同じ1基でも能力が異なり、設備の全量を一つの学習に使えるとも限らない。

ソフトバンクは同じ発表で自社基盤全体を1万基超としている。これは図のB200群を含む合計であり、別枠で足す数字ではない。また2026年5月にはGB200 NVL72などを使うクラウドのベータ利用開始も公表している。古い開示の点を「現在の全保有量」と読み替えると、国内側を過小評価する。

aiko
aiko

国内の設備を全部足して、ひとつの巨大モデルを育てればよいのでは? 会社ごとに比べておるから小さく見える、という反論はどうじゃ。

sa-tan
sa-tan

それには、設備をまたぐ通信と利用枠を確保する必要があります。ABCIは共用基盤ですし、クラウドには別の顧客もいます。国内にある基数と、ひとつの開発チームが連続して占有できる基数は、別に集計しないといけません。

「日本にもある」は確認できる。そこから「世界の最先端を更新できる規模を、一つの開発に投入できる」までには、まだ確認すべき距離がある。

設備の大きさと、学習に使った計算量はどう違う?

設備の写真は分かりやすい。しかしモデル開発で知りたいのは、実際にどれだけ計算を回し、その結果どんな能力を得たかだ。

① 設備の規模

GPUの種類・基数・接続構成。どれだけの仕事を同時に回せるか。

② 学習への投入

何基を何時間動かし、どれだけ実効性能を出したか。計算の総仕事量。

③ 得られた能力

同じ評価条件で何ができたか。計算の量だけでは決まらない成果。

たとえばDeepSeek-AIの技術報告(2024年初稿、2025年改訂、arXiv)では、DeepSeek-V3の全学習に278.8万H800 GPU時間を使ったと記載している。これは中国のGPU保有台数を示す数字ではなく、特定モデルの学習に使った時間を合計した数字だ。

同じGPUなら、基数と稼働時間を掛けることでGPU時間になる。さらに実際に出た計算性能を織り込めば、学習で行った演算量に近づく。通信待ちや停止があれば、機器カタログの最大性能を掛けただけの値には届かない。

設備の完成を、モデルの競争力が完成した報告として読まない。データの作り方、学習手法、試行錯誤によって、同じ投入でも成果は変わる。「計算資源さえ買えばよい」では説明が終わらないのだ。

18か月の間に、先頭はどれだけ大きくなる?

ここで時計を計算量に置き換える。Epoch AIのトレンド集計は、2020年以降の最先端言語モデルの学習計算量について、年5倍の増加傾向を示している。90%信頼区間は年4〜6倍。これは過去の推定傾向で、今後の成長を保証する数字ではない。

その年5倍という速さを18か月に換算すると、次のようになる。

年5倍の伸びを18か月に換算
51.5 ≒ 11.2倍
起点 1 → 12か月後 5 → 18か月後 11.2
編集部計算。年4倍なら8倍、年6倍なら約14.7倍。観測された成長率を一定とした換算であり、日本の性能差や必要予算の推定ではない。

18か月前の先頭と同じ量を投入できるようになった頃に、先頭の学習一回の規模は約一桁上がっている。そういう競争なら「1年半」という音の短さは、距離の近さを意味しない。

ただし、この11.2倍は知能が11.2倍という意味でも、日本に11.2倍のGPUが必要という意味でもない。見ているのは、過去に最先端モデルへ投入された演算量が膨らんだ速さだ。

aiko
aiko

待てよ。作り方も進歩するなら、昔の最強モデルを今つくるのは安くなるのじゃろう? 昔と同じ計算量を用意せよ、というのもおかしくないか。

sa-tan
sa-tan

そこは追う側の利点です。Epochも事前学習の計算効率が年約3倍で改善する傾向を示しています。ただ、公開された改善を先頭も使えば、追う側だけの加速にはなりません。過去の性能を再現する費用と、今日の先頭を抜く条件は分けて考える必要があります。

追いつき方は、設備の増強だけではない。効率化で差を縮める道もある。だからこそ、設備の数字に加えて、同条件の能力評価で実際に差が縮んだかを見る必要がある。

同じ速さで頑張れば、差は縮むのか?

もう一段、単純な計算をする。先頭が10、追う側が1の規模から始まり、先頭は毎年5倍になると仮定する。ここで比べる規模は、同じ定義の学習計算量だ。日本と特定企業の実測値ではなく、追いつく条件を見るための模型である。

スマートフォンでは図を横にスクロールできます。

同じ年5倍でも計算量の差は広がる初期値が先頭10、追う側1の仮想計算。18か月後は先頭111.8、年5倍で追う側11.2、年10倍で追う側31.6。同じ年5倍なら比率は10倍のまま、絶対差は9から100.6へ拡大する。毎年5倍に増やしても、遠ざかる先頭初期値:先頭10/追う側1。縦軸は同じ定義の学習計算量の指数。03060901200か月6か月12か月18か月先頭:111.8追走10倍:31.6追走5倍:11.2同じ年5倍なら10倍差が残り続ける編集部の仮定計算。国・企業の実測値や、能力スコアの推移ではありません。
実線は先頭と追う側がともに年5倍の場合。破線は追う側が年10倍の場合。灰色の帯は同じ年5倍で伸びる二者の絶対差。18か月後の値はそれぞれ10×51.5、51.5、101.5。
追う側の年間倍率1年後の差
先頭÷追う側
2年後の差同規模になる時期
3倍約16.7倍約27.8倍差が広がり続ける
5倍10倍10倍差が固定される
10倍5倍2.5倍約3.3年後
約23.2倍約2.15倍到達後のため省略1年半後

編集部試算。t年後の差=10×(5÷追う側の年間倍率)t。10倍で追う場合の到達年数は ln(10)÷ln(10÷5)≒3.32。18か月で到達する倍率は5×101÷1.5≒23.21。一定の成長が続く仮定で、モデル性能の予測ではない。

グラフの灰色の帯が広がる。同じ年5倍なら、比率は10倍のままでも、計算量の絶対差は起点の9から18か月後には約100.6になる。追う側も猛烈に成長しているのに、用意すべき追加の計算量は増え続ける。毎年10倍という先頭を上回る増強を続けても、初期の10倍差を埋めるまで約3.3年かかる。

「前年比で伸びました」と「世界との差を縮めました」は、別の実績だ。
aiko
aiko

すると、毎年「大幅増強」を発表しておっても、順位は変わらんことがあるのか。去年の自分には勝ち続けておるのに。

sa-tan
sa-tan

評価相手を去年の自分にすると、追いついていなくても毎年成功を報告できます。「追いつく」ための支援なら、比較相手を固定し、相手との差がどう変わったかまで成果に含める必要があります。

では、国産AIは何を示せば「追いついた」と言える?

国内のモデル開発を「何も作っていない」と片づける必要はない。PFNの2026年6月22日のPLaMo 3.0 Prime発表には、Chat/APIでの提供と、日本語性能・コストの比較がある。比較対象はgpt-oss-120b、Qwen3.6-27b、GPT-5.4 Mini、Claude Haiku 4.5などだ。

ここから読めるのは、PFNがその性能・価格帯で競争力を訴えていることだ。自社の日本語評価と選定した比較対象での結果を、世界最高性能への到達証明に広げることはできない。国内のフラッグシップという肩書と、世界の最先端という到達点は一致しない。

国内に設備があり、商用モデルも出ている。しかし、ここまでの開示だけでは、日本が世界の先頭との差を縮めているとは確認できない。これが、この地図と資料から置ける現在地だ。「国産だから成功」と採点すれば、この未確認の部分が丸ごと消えてしまう。

公的支援で国内の供給基盤を維持するなら、供給能力や利用実績で評価できる。最先端モデルへの追いつきを掲げるなら、世界との距離を測る必要がある。目標を切り替えること自体は政策判断だが、追いつく約束を、設備が完成した実績で精算してはいけない。

次の発表で欲しいのは、「前回より増えた」から先だ。

同じ評価条件で世界との差は縮んだか。その改善を出すために、どれだけ計算を使ったか。次も相手より速く改善する見込みを、何で支えるか。

設備の竣工とモデルのリリースは出発点になる。その先の比較を出さずに「追いつく」と言い続けるなら、18か月は計画上の期限ではなく、安心してもらうための言葉になる。

冒頭と同じサーバー室で、時計を脇に置き、レーザー距離計を構えるsa-tan。
時計を眺める代わりに、距離を測る。イラスト:AI生成。
aiko aikoに残った宿題

次の景気のよい発表は、ひとつ前の発表と並べて読もう。わしも「新しくなった」と聞くだけで、前の約束を忘れがちじゃ。

NTM ニュース整理

「日本は終わり」も、採点を省く言葉になる

国産の成功談にも、衰退を笑う話にも、読まれやすい見出しを作る誘惑がある。私たちもその商売の中にいる。今回は設備の差を見せたうえで、そこから断定できる範囲を狭く取った。批判を続けるためにも、比べる物差しをこちらの都合で動かさない。

関連:「AI勢力図」の読み方。本稿は設備規模と追走条件を扱う補助線であり、公言の到達度を追う月次評価とは別の比較である。

the NTM Core Engine 参考文献・検証プロセス
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参考文献・検証ログ 9件
  1. ABCIの公式構成
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  2. ソフトバンクの2025年7月発表
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  3. さくらインターネットは2026年2月
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  4. Metaは2024年3月
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  5. 2026年5月のColossus 1の開示
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  6. 2026年5月にはGB200 NVL72などを使うクラウドのベータ利用開始
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  7. DeepSeek-AIの技術報告(2024年初稿、2025年改訂、arXiv)
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  8. Epoch AIのトレンド集計
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  9. PFNの2026年6月22日のPLaMo 3.0 Prime発表
    分類保留 監査保留 最終参照: PENDING_MANUAL_REVIEW
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参照は 9 本あります。監査はまだ保留で、公開前の確認が残っています。

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