世の中

DeepSeek $0.435 vs Luna $0.20 ── 安さで勝つはずだった側が、先に値上げを予告した

2026年8月13日 By NTM Editorial

1年半後、安いほうが値上げを予告した

2025年1月、DeepSeekは「安さ」で世界を揺らした。訓練費557万ドル(約8億7,000万円)という数字から、NVIDIAは1日で5,890億ドル(約91兆円)を失った。ただしその557万ドルは、最終訓練ランのGPU時間だけを数えた額である。

関連: Salesforce「AIは安い」イーロン「なわけあるか」── どっちが正しかったか

関連: 答えは暴落の18日前に、無料で公開されていた — DeepSeek 557万ドル、見出しにならなかった数字

為替換算について — 本記事のドル建て金額は、その出来事が起きた日の為替レートで円に換算している(いずれも欧州中央銀行の公表値)。2026年の価格・支出は2026年8月12日=1ドル159.09円(Salesforceのトークン代のみ発言時点の2026年5月15日=1ドル158.55円)/2025年1月の金額は1月27日=1ドル154.05円/2024年12月の557万ドルは1ドル157.05円。円は有効数字2桁で丸めた。

1年半経った2026年8月、状況はこうなっている。

GPT-5.6 Luna(米国製)
$0.20
約32円・入力 /100万トークン
DeepSeek V4-Pro
$0.435
約69円・入力 /100万トークン

上位モデルの入力単価で、米国製のほうが安い。そして2026年8月6日、DeepSeekが大幅な値上げを予告した

安さを武器にしていた側が、先に音を上げた。なぜそうなったのかを、数字で追う。

DeepSeek 価格競争の循環構造(Price Cycle)

① 初期段階
極端な低価格設定
競合の数分の一の破格単価でシェア急拡大を狙う
② 需要過熱
世界的な利用の急増
低価格に惹かれた開発者・企業リクエストが殺到
③ インフラ限界
GPU・計算資源の逼迫
キャパシティがオーバーし、サービス維持が困難に
④ 帰結
価格引き上げ(音を上げる)
収益確保と負荷抑制のため大幅値上げへと戻る

💡 構造の帰結: 原価を無視した破格戦略は持続せず、需要過熱が自らの計算リソースを圧迫して値上げを余儀なくされる循環を示す。


コモディティ化は起きた ── ただし1年半遅れて

まず、2025年1月に語られた予測のうち、実現した部分から確認する。

「モデルはコモディティになった」は、2026年に現実になった。

OpenRouter 上での中国製モデルの比率
2025年上半期
4.5%
直近12か月平均
11%
2026年2月8日以降
30%↑
2026年年央
46.4%
2026年年央にはルーティング済みトークンで中国製 46.4% > 米国製 35.7%。1年で10倍になった

CNBCが2026年7月7日に報じた調査によれば、米国企業のトークン利用において、中国製モデルの比率が米国製を上回った。単独ベンダーの首位はDeepSeek(17.6%・週5.13兆トークン)、次いでAlibabaのQwen(13.9%)である。

そして価格。The Registerが2026年8月3日にまとめた比較では、こうなっている。

DeepSeek V4-Flash
$0.14 / $0.28
約22円 / 約45円 ── 入力 / 出力(100万トークン)
GPT-5.6 Luna(値下げ後)
$0.20 / $1.20
約32円 / 約190円 ── 2026年7月30日に約80%値下げ(入力 $1.00→$0.20 / 出力 $6.00→$1.20)

OpenAIが自社モデルの価格を一気に8割下げた。入力は100万トークンあたり1.00ドル(約160円)から0.20ドル(約32円)へ、出力は6.00ドル(約950円)から1.20ドル(約190円)へ。2026年7月30日発効である(VentureBeat・2026年7月30日)。これは、コモディティ化が起きたことを、当事者が価格で認めたということだ。

つまりベニオフ氏は、間違っていたのではなく1年半早かった

だがここが肝心なところで、「だからGPUは要らない」のほうは、いまも外れたままである。同じ記事によれば、2026年8月に登場したQwen 3.8-Maxは2.4兆パラメータで、本番運用にはNVIDIA B200級のGPUが48〜64基必要とされる。安いモデルを配るために、より多くの計算資源が要る。価格は下がり、必要な鉄は増えた。

aiko
aiko

結論が後から当たったんなら、途中の理屈が違っても商売では勝ちじゃろ。予想に採点までするのは厳しすぎんか?

sa-tan
sa-tan

一度きりの賭けならそれで構わないと思います。ただ、乗り換え先を毎年選び直す立場だと話が変わるんですよね。途中式が書いてない予想は、条件が動いたときに自分で引き直せないんです。

sa-tan
sa-tan

実際、2025年1月の「コモディティ化する」を根拠ごと信じて動いた人は、GPUの需要も落ちると読んだはずです。そっちは外れました。当たった半分だけ持ち帰れたのは、結果を見てから選べる人だけなんですよね。


2026年8月6日 ── DeepSeek自身が、値上げを予告した

そして、この記事を書いている6日前に、決定的なことが起きた。

DeepSeekがAPI料金の「大幅な」値上げを予告したのである。2026年8月6日、料金ページへの追記という形だった。値上げ幅も実施日も、現時点で示されていない。

理由が重要だ。安すぎて、需要に計算資源が追いつかなくなったからである。

値上げに至った経緯
  • V4-Flashが 8月1日の1日だけで8兆トークンを処理(OpenCode集計)
  • GPU 2万基規模の資源が逼迫
  • 7月中旬にピーク/オフピーク料金を導入。1か月未満で2度目の価格変更
  • 平日ピーク時間帯(北京時間 9-12時、14-18時)のサージ料金を追加予定

もう一度、2025年1月に戻ってほしい。

あのとき指摘されていたのは、「効率化しても、利用量が増えれば計算資源は足りなくなる」という一点だった。ナデラ氏がJevons paradoxの名前で言い、SemiAnalysisが基数で示したことだ。

1年半後、それをそのまま実演したのは、騒動の当事者だった。

安くしたら使われすぎた。使われすぎたらGPUが足りなくなった。足りなくなったから値上げした。教科書どおりである。

ひとつ正確に書いておく。2026年8月12日時点で、値上げはまだ実施されていない。DeepSeekの公式料金ページを実際に確認した結果が下である。

同日時点で V4-Flash は入力 $0.14(約22円)/ 出力 $0.28(約45円)のまま、据え置かれている。変わったのはページ下部に足された一文だけだ。

⚠️ 「近日中に大幅な値上げを予定。具体的な料金は追って通知」
── 幅も実施日も示されていない

動いたのは価格ではなく、予告だ。

そして値上げ後もDeepSeekが割高になるわけではない。創業者は2〜10倍に上げても西側の多くより安いままだと述べており、10倍でも入力100万トークンあたり約1.4ドル(約220円)。価格競争力そのものは残る。崩れたのは「安さが無限に続く」という前提のほうだ。

aiko
aiko

あれ、待つのじゃ。ということは……「AIは安くなった」って喜んどった側も、「中国は嘘つきじゃ」って怒っとった側も、両方とも同じ勘違いをしとったってことか?

sa-tan
sa-tan

そこに気づかれると、この記事の一番言いたいところなんです。両者とも「値段は一方向にしか動かない」と思っていたんですよね。下がり続けるか、嘘だから元に戻るか。実際は、下がって、使われて、足りなくなって、また上がった。

Zash
Zash

安売りは客を呼ぶための投資だ。客が来たら値を戻す。ラーメン屋でも回線でも同じことが起きてきた。新しいのは技術のほうで、商売の順番は何も新しくない。


2026年、請求書が届いた

1年半が経った。記録を並べる。

時点記録
2025年1月「NVIDIAのスパコンも1億ドル(約150億円)も要らない。モデルはもうコモディティだ」
2025年Salesforce、AIによる生産性30%超を理由にエンジニア採用を停止。営業職は増員
2026年3月SaaS株が急落。ソフトウェアが史上初めてS&P500に対しディスカウントで取引される
2026年5月ベニオフ氏、Salesforceは2026年にAnthropicのトークン代に約3億ドル(約480億円)を支出しうると述べる

「1億ドル(約150億円)も要らない」と述べた企業が、翌年、AIのトークン代に約3億ドル(約480億円)を見込んでいる。

念のため補足しておく。この3億ドルは利用料であって、SalesforceがAnthropicに出資している累計額とは別の数字だ。混同すると話が変わる。

もう一点、公平のために書く。Salesforceという企業が傾いているわけではない。同社の2026年度決算(2026年1月31日締め)は売上415億ドル(約6.6兆円)・前年比10%増で、CRM市場のシェアもIDCの調査(2026年4月公表・2025年の売上ベース)で20.0%の首位を保っている。下がったのは企業ではなく、SaaSという業態に市場が付ける評価倍率のほうである。

aiko
aiko

でも3億ドル払っとるってことは、AIで得しとるからじゃろ? 損しとるなら払わんもん。それって「間違っとった」って言えるんか?

sa-tan
sa-tan

そこは分けたほうが正確だと思います。「AIは効く」という判断は当たっていたんです。だからこそ採用を止めて、トークンに金を払っている。外したのは「効くから安く済む」の部分だけなんですよね。

sa-tan
sa-tan

コモディティ化すると言われたものに、翌年3億ドル払っている。これは矛盾ではなくて、コストの置き場所が人件費からトークン代に移ったという話です。総額が減ったとは、誰も言っていないんです。

Zash
Zash

従量課金の道具は、便利だと分かった後の請求管理が本番だ。導入時の単価で予算を組むと、使い方が定着したころに削る場所が残っていない。今回のピーク料金の追加は、その請求書が利用者側に回り始めたということだ。


まとめ ── 安さは、それ自体では堀にならない

この記事の結論
  • コモディティ化は起きた。ただし2025年1月から1年半遅れて
  • 上位モデルの入力単価は逆転した。廉価帯の差もDeepSeek自身の主張で40%まで縮んだ
  • OpenAIは値下げを下の段だけに当てた。最上段のSolは1ドルも動いていない
  • 「だからGPUは要らない」のほうは、いまも外れたままである

1年半を通してみると、勝敗はこう見える。

論点2026年8月時点の状態
上位モデルの入力単価Luna $0.20(約32円)< DeepSeek V4-Pro $0.435(約69円)。米国製のほうが安い
廉価モデル同士V4-Flashが優位。ただしDeepSeek自身の主張でも差は40%(3¢ vs 5¢)
シェア2026年年央のOpenRouter調査では単独首位をDeepSeek(17.6%)が維持
公開されている価格帯の幅OpenAIは $0.20〜$5(約32〜800円)の3段。DeepSeekは $0.14〜$0.435(約22〜69円)に収まる
結果同じ価格帯に降りてこられた側が、先に値上げを予告した

かつて桁で違った差は、40%まで詰まった。しかも上位モデルの入力単価では、すでに逆転している。

ここで、値下げの中身を見てほしい。7月30日にOpenAIが動かしたのは、下の段だけである。

Sol
$5.00
約800円
7月30日の改定で据え置き。1ドルも動いていない
Terra
$2.00
約320円
$2.50(約400円)から 20% 下げ
Luna
$0.20
約32円
$1.00(約160円)から 80% 下げ。DeepSeekと殴り合う段だけを切った
入力 /100万トークン。DeepSeekの公開ラインナップは V4-Flash $0.14(約22円)〜 V4-Pro $0.435(約69円)で、Terra の段に並ぶ商品を持たない

競合と当たる段だけを80%切り、当たらない段は据え置く。これは価格表を見れば誰でも確認できる、露骨なまでに設計された値付けだ。

ここから先は慎重に書く。各社がモデル別にどれだけ利益を出しているかは公開されていない。だからLunaの安値を上の段の利益が埋めている、とは言い切れない。DeepSeekの採算も資金源も同じく非公開で、「体力負け」も証明できない。

確認できるのは、両者が持っている値札の幅が違うことだけである。片方は $0.20(約32円)から $5(約800円)までの3段を持ち、下の段だけを切れる。もう片方は全商品が $0.435(約69円)以下に収まっていて、切る余地はその中にしかない。値下げ競争で選べる手の数が、最初から違う。

元をたどると、2025年1月に読み違えた場所と同じところに戻ってくる。557万ドルが言っていたのは「安く作れた」までで、「安く売り続けられる」とは誰も言っていなかった。

❌ 中国AIが偽物だった
❌ 米国AIが無敵だった
❌ あの経営者が馬鹿だった ── 結論だけ見れば、むしろ当たっている

だから、この記事から持ち帰るものは「どっちが勝つか」ではない。今日の単価は、契約条件のうち一番変わりやすいところだということだ。

APIを選ぶときは、単価表の隣にもう一つ確認することがある。値上げされたとき、どれくらいの手間で乗り換えられるか。出力の形式が独自でないか、プロンプトを書き直さずに他社へ回せるか。そこが詰まっていれば、値上げの予告が出ても慌てなくていい。

安さで選ぶのは構わない。ただ、安さは今日の条件であって、契約ではない。


本記事はDeepSeek論争の検証シリーズの価格編です。2025年1月の「557万ドル」が何を含み、何を含まなかったかは、費用編で検証しています

関連: AI輸出管理は中国を止めるのか、それとも中国を強くするのか

the NTM Core Engine 参考文献・検証プロセス
S 85pt
VERIFIED Audit 2026-08-13 JST
0 一次情報
0 二次情報
参考文献・検証ログ 14件
  1. CNBC「Nvidia sheds almost $600 billion in market cap, biggest one-day loss in U.S. history」(2025年1月27日)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  2. South China Morning Post「DeepSeek signals 'significant' price hike amid surge in demand for low-cost AI models」(2026年8月6日)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  3. CNBC調査「Chinese AI Models Now Capture Up to 46% of US Enterprise Token Usage」(2026年7月7日・配信版)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  4. The Register「China turns up the heat with open model blitz as US model makers panic」(2026年8月3日・各社API価格比較)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  5. DeepSeekの公式料金ページ
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  6. Salesforce Ben「Salesforce Will Hire No More Software Engineers in 2025, Says Marc Benioff」
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  7. Yahoo Finance「Marc Benioff says Salesforce will spend $300M on Anthropic in 2026」(All-Inポッドキャスト発言・2026年5月)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  8. SaaStr「The SaaS Rout of 2026: For the First Time Ever, Software Now Trades at a Discount to the S&P 500」(2026年)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  9. ITmedia AI+「中国DeepSeek、近日中に『大幅値上げ』か API料金ページに追記」(2026年8月6日)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  10. TechNode「DeepSeek Plans Significant API Price Increases」(2026年8月6日・8兆トークン/日、ピーク料金)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  11. VentureBeat「AI price wars: OpenAI cuts GPT-5.6 Luna prices by 80%」(2026年7月30日・入力$1.00→$0.20 / 出力$6.00→$1.20)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  12. Salesforce「Salesforce Delivers Record Fourth Quarter Fiscal 2026 Results」(2026年度売上415億ドル・2026年1月31日締め)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  13. Salesforce「Salesforce Named #1 CRM Provider by IDC Market Share for 2025」(IDC 2026年4月公表・シェア20.0%)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
  14. Layer3Labs「GPT-5.6 Pricing: Sol $5, Terra $2, Luna $0.20 per 1M Tokens」(2026年7月30日の段別改定・Sol据え置き/Terra 20%/Luna 80%)
    分類保留 監査ログ連携済み 最終参照: 2026-08-13 JST
Score Breakdown 85pt
Traceability 35/35
本文から根拠へ辿れる度合い
Diversity 25/25
出典の広がり
Evidence 25/25
根拠の強さ
Domain Bonus 0/15
一次資料・公的資料の補強
the NTM Core Engine review note

85点。参照が揃っていて、公開後の更新も追いやすい状態です。

制作の流れ
STEP 1

調べる

参照 14 本。一次情報 0 本 / 二次情報 0 本を当てて、本文の芯を固める。

2026-08-13 JST

確かめる

85pt で監査を通し、2026-08-13 JST に公開できる形へ整える。

STEP 3

残す

公開 0 回。更新の入口を開けておいて、あとから辿れるようにする。

この経過表示は publish_audit.jsonl と記事の監査メタをもとに、 ビルド時にまとめて描画しています。更新は再デプロイで反映されます。

更新・訂正履歴 更新 2 / 訂正 1

更新履歴

  • 2026-08-13: 初稿作成。DeepSeek論争検証シリーズ(価格戦争編)。費用編から分割。
  • 2026-08-15: 公開。本文の数値・出典・内部リンクを再検証したうえで draft を解除した。本文の記述時点(2026年8月12日)は変更していない。

訂正履歴

  • 現時点で訂正はありません。

参考資料